金子 行宏様 プロフィール 2007年に東北大学大学院を化学修士として卒業後、花王株式会社に入社し、掃除用品の商品開発をチームリーダーとして担当。2012年に退社、Kellogg School of ManagmentでMBAを取得。シナノケンシ株式会社に入社し、車載事業部でプロダクトマネージャー、経営戦略室でコーポレートブランド整備を行い、2021年に代表取締役常務に就任。現在は全社マーケティング戦略及び新事業立ち上げに尽力。 イントロダクション 量子、AI、バイオテクノロジー、半導体・電子機器、環境・エネルギー、素材、医療機器、航空宇宙等、国や世界全体で解決すべき経済社会課題の解決を通して社会にインパクトを与えられるような潜在力のある技術を「ディープテック」という。 そうした技術の開発に着手するスタートアップを、「ディープテック・スタートアップ」と呼ぶが、近年では、技術開発や新たな価値創造、社会実装を促進していく意味合いから、事業会社とディープテック・スタートアップが連携する事例が増えてきた。 本連載では、独自にインタビューを進めた内容を元に、事業会社の視点からディープテック・スタートアップとの連携における課題や成功ポイントについて紹介していく。 今回は、シナノケンシ株式会社で実施しているディープテック・スタートアップ(以下、DTSU)との連携について、金子様に話を聞いた。(以下、本文敬称略) 新規事業創出により、さらに100年の成長を ─―御社は主な事業として、「環境分野」、「医療福祉分野」、「自動化分野」、「車載分野」の4つの業界特化型ビジネスを展開していますが、新規事業開発としては、どのような取組みを実施しているのでしょうか。 金子:シナノケンシでは、新しい事業の柱を創出し、さらに100年の成長を目指すため、積極的に新規事業開発に取り組んでいます。具体的な事業としては「宇宙事業」に着手しており、小型人工衛星向けの姿勢制御に用いる基幹部品として「リアクションホイール」を開発しています。また、新規事業開発を検討する部署としては、開発技術本部の中に新規事業開発課があり、DTSUとの連携に係る検討や、連携先の探索・調整などを実施していますね。 ─―「宇宙事業」は大変興味深いですね。DTSUとの連携では、どのような形態での連携が多いのでしょうか。 金子:当社は部品を製造している会社であることから、DTSUとは共同研究や共同PoCという形で連携することが多いです。中でもハードウェアを開発しているDTSUとの共同研究や共同開発が多いですね。出資という観点ですと、リスクを考慮しながらLP出資を実施しています。 シナノケンシの4つのビジネス 参考:https://jp.aspina-group.com/ja/career/about-aspina/#anc-03 効果的にVCや金融機関を活用し、ソーシング活動を推進 ─―続いて、DTSUへのアプローチ方法について教えてください。御社はどのようなソーシング活動を行っているのでしょうか。 金子:Web媒体での公開情報の探索、自社や社員のネットワークを活用した探索、SUピッチ等のイベントの参加、LP出資を通じた探索など、様々なソーシング活動を実施しています。どれか特定の手段にこだわるのではなく、様々な手法を組み合わせながらソーシング活動を実施していますね。 ─―手段の一つとして、SUピッチ等のイベントの参加をあげていただきましたが、具体的にどのようなイベントに参加しているのでしょうか。また、イベントにはどのような目的で参加されているのでしょうか。 金子:金融機関やVCが主催しているピッチイベントに積極的に参加しています。登壇者は主にシード期のSUが多いので、最新情報の収集という観点で有効だと考えています。また、イベントでは登壇者以外にも、イベントに来ている他の参加者やイベント関係者とのネットワークを構築できます。人脈を広げていくという観点で、非常に魅力的な機会だと思います。 ─―情報収集においては、独自にリサーチするだけでなく、外部組織を活用することはあるのでしょうか。 金子:より効率的に情報を収集していくために活用しています。自社にはない専門的な知見の補完、データの活用などの目的で外部組織の力を借りていますね。 ─―実際にDTSUとの連携を検討する際は、どのような観点を重視しているのでしょうか。 金子:自社との親和性、将来性、事業計画の実現性の高さを重視していますね。また、SUの経営陣が十分な専門性を有しているか、業界の知見をもとにマネタイズできているかは、非常に重要な観点だと思います。より深い評価・検討をしていくため、適宜VCの知見も借りています。 ─―様々なソーシング活動を行われていることが理解できましたが、DTSUとの連携を推進するにあたって、KPIやノルマ等は設定しているのでしょうか。 金子:何社ほどのSUと会うか、開発費をどの程度にするか等の定量的なKPIは設定していますが、単にノルマを消化するためのKPIとはならないようにしています。DTSUとの連携は、コア事業の競争力強化や派生事業の展開、新規事業領域進出に向けた探索が目的です。ノルマ消化ではなく、目的を達成するための取組みが必要だと考えます。 ─―知財の条件等、DTSUとの連携を円滑に進めるうえで、難しい点や工夫している点はございますか。 金子:連携するSUの規模に応じて知財等の条件を柔軟に変更するようにしています。特にシードフェーズの企業では、資金力が不足しているケースが多いので、必要に応じてSU側に求める条件を緩めるようにしていますね。 適切なリスクヘッジが新たな挑戦をサポートする ─―続いて、御社の体制や新規事業に対する雰囲気、マインド面について教えてください。まず体制面ですが、社内ではどのような形で新規事業に参画することができるのでしょうか。 金子:社内公募と社内副業制度の2点があります。社内公募は、要するに新規事業に携わりたいと手を挙げた人に関わってもらう形です。さらに最近では、開発技術本部に限らず、全社員に対して新規事業に関するアイデアを募っており、社内副業制度を活用し、所属している部署の業務をメインの業務としながらも、部分的に新規事業に携わっていただく取組みを始めました。例えば、経理に所属する方がアイデアを応募し、それが開発技術本部において採用された場合、その方には経理を主な業務としながらも、社内副業として新規事業に携わってもらうことができます。もちろん既に所属している部署の業務とのバランスを調整する必要はありますが、社員への自己実現の場の提供や、社内リソースの有効活用という意味合いでメリットを感じています。 ─―新規事業に取り組む社内の雰囲気やマインド面はいかがでしょうか。 金子:DTSUとの連携に限らず、新規事業に関する取組みは全てが成功するわけではなく、失敗がつきものです。しかしながら、失敗を許容しすぎてしまうのは、社内で利益を創出している他部門の方からすれば好ましい姿ではないと思います。そのため、新規事業を行う際はキャッシュオンを意識し、リスクを管理するようにしています。例えば、冒頭で紹介させていただいた「宇宙事業」はSUと連携するとなると、多くの資金が必要となり、会社の資金がどんどん流出してしまいます。そうした事態を少しでも緩和できるよう、公的機関の補助金を積極的に利用する等の対策を講じ、事業部内でファイナンスの意識を高めるようにしています。単に失敗を許容するのではなく、事前に十分な対策を打っておくことが重要だと思います。 自社と連携すべき理由をDTSUに示せるか ─―本日はインタビューをお引き受けいただき、ありがとうございました。最後に、これまでDTSUとの連携に係る様々な取組みを実施してきた中で、何が連携の成功ポイントになると思われますか。 金子:技術の優位性、DTSUとの連携の経験値は、成否に関わらず重要なポイントになると思います。それに加えて、他社ではなく自社と連携すべき理由をDTSUに示せることが肝心だと考えます。他社には代替できない強み・技術を提供し、DTSUに自社と連携する価値を感じていただくことで、継続的な連携に繋げていくことができるのではないでしょうか。 参考サイト:https://jp.aspina-group.com/ja/ 作成者:PwCコンサルティング合同会社 インタビュー実施日:2023.12.27
金子 行宏様
2007年に東北大学大学院を化学修士として卒業後、花王株式会社に入社し、掃除用品の商品開発をチームリーダーとして担当。2012年に退社、Kellogg School of ManagmentでMBAを取得。シナノケンシ株式会社に入社し、車載事業部でプロダクトマネージャー、経営戦略室でコーポレートブランド整備を行い、2021年に代表取締役常務に就任。現在は全社マーケティング戦略及び新事業立ち上げに尽力。
イントロダクション量子、AI、バイオテクノロジー、半導体・電子機器、環境・エネルギー、素材、医療機器、航空宇宙等、国や世界全体で解決すべき経済社会課題の解決を通して社会にインパクトを与えられるような潜在力のある技術を「ディープテック」という。
そうした技術の開発に着手するスタートアップを、「ディープテック・スタートアップ」と呼ぶが、近年では、技術開発や新たな価値創造、社会実装を促進していく意味合いから、事業会社とディープテック・スタートアップが連携する事例が増えてきた。
本連載では、独自にインタビューを進めた内容を元に、事業会社の視点からディープテック・スタートアップとの連携における課題や成功ポイントについて紹介していく。
今回は、シナノケンシ株式会社で実施しているディープテック・スタートアップ(以下、DTSU)との連携について、金子様に話を聞いた。(以下、本文敬称略)
新規事業創出により、さらに100年の成長を
─―御社は主な事業として、「環境分野」、「医療福祉分野」、「自動化分野」、「車載分野」の4つの業界特化型ビジネスを展開していますが、新規事業開発としては、どのような取組みを実施しているのでしょうか。
金子:シナノケンシでは、新しい事業の柱を創出し、さらに100年の成長を目指すため、積極的に新規事業開発に取り組んでいます。具体的な事業としては「宇宙事業」に着手しており、小型人工衛星向けの姿勢制御に用いる基幹部品として「リアクションホイール」を開発しています。また、新規事業開発を検討する部署としては、開発技術本部の中に新規事業開発課があり、DTSUとの連携に係る検討や、連携先の探索・調整などを実施していますね。
─―「宇宙事業」は大変興味深いですね。DTSUとの連携では、どのような形態での連携が多いのでしょうか。
金子:当社は部品を製造している会社であることから、DTSUとは共同研究や共同PoCという形で連携することが多いです。中でもハードウェアを開発しているDTSUとの共同研究や共同開発が多いですね。出資という観点ですと、リスクを考慮しながらLP出資を実施しています。
シナノケンシの4つのビジネス
参考:https://jp.aspina-group.com/ja/career/about-aspina/#anc-03
効果的にVCや金融機関を活用し、ソーシング活動を推進
─―続いて、DTSUへのアプローチ方法について教えてください。御社はどのようなソーシング活動を行っているのでしょうか。
金子:Web媒体での公開情報の探索、自社や社員のネットワークを活用した探索、SUピッチ等のイベントの参加、LP出資を通じた探索など、様々なソーシング活動を実施しています。どれか特定の手段にこだわるのではなく、様々な手法を組み合わせながらソーシング活動を実施していますね。
─―手段の一つとして、SUピッチ等のイベントの参加をあげていただきましたが、具体的にどのようなイベントに参加しているのでしょうか。また、イベントにはどのような目的で参加されているのでしょうか。
金子:金融機関やVCが主催しているピッチイベントに積極的に参加しています。登壇者は主にシード期のSUが多いので、最新情報の収集という観点で有効だと考えています。また、イベントでは登壇者以外にも、イベントに来ている他の参加者やイベント関係者とのネットワークを構築できます。人脈を広げていくという観点で、非常に魅力的な機会だと思います。
─―情報収集においては、独自にリサーチするだけでなく、外部組織を活用することはあるのでしょうか。
金子:より効率的に情報を収集していくために活用しています。自社にはない専門的な知見の補完、データの活用などの目的で外部組織の力を借りていますね。
─―実際にDTSUとの連携を検討する際は、どのような観点を重視しているのでしょうか。
金子:自社との親和性、将来性、事業計画の実現性の高さを重視していますね。また、SUの経営陣が十分な専門性を有しているか、業界の知見をもとにマネタイズできているかは、非常に重要な観点だと思います。より深い評価・検討をしていくため、適宜VCの知見も借りています。
─―様々なソーシング活動を行われていることが理解できましたが、DTSUとの連携を推進するにあたって、KPIやノルマ等は設定しているのでしょうか。
金子:何社ほどのSUと会うか、開発費をどの程度にするか等の定量的なKPIは設定していますが、単にノルマを消化するためのKPIとはならないようにしています。DTSUとの連携は、コア事業の競争力強化や派生事業の展開、新規事業領域進出に向けた探索が目的です。ノルマ消化ではなく、目的を達成するための取組みが必要だと考えます。
─―知財の条件等、DTSUとの連携を円滑に進めるうえで、難しい点や工夫している点はございますか。
金子:連携するSUの規模に応じて知財等の条件を柔軟に変更するようにしています。特にシードフェーズの企業では、資金力が不足しているケースが多いので、必要に応じてSU側に求める条件を緩めるようにしていますね。
適切なリスクヘッジが新たな挑戦をサポートする
─―続いて、御社の体制や新規事業に対する雰囲気、マインド面について教えてください。まず体制面ですが、社内ではどのような形で新規事業に参画することができるのでしょうか。
金子:社内公募と社内副業制度の2点があります。社内公募は、要するに新規事業に携わりたいと手を挙げた人に関わってもらう形です。さらに最近では、開発技術本部に限らず、全社員に対して新規事業に関するアイデアを募っており、社内副業制度を活用し、所属している部署の業務をメインの業務としながらも、部分的に新規事業に携わっていただく取組みを始めました。例えば、経理に所属する方がアイデアを応募し、それが開発技術本部において採用された場合、その方には経理を主な業務としながらも、社内副業として新規事業に携わってもらうことができます。もちろん既に所属している部署の業務とのバランスを調整する必要はありますが、社員への自己実現の場の提供や、社内リソースの有効活用という意味合いでメリットを感じています。
─―新規事業に取り組む社内の雰囲気やマインド面はいかがでしょうか。
金子:DTSUとの連携に限らず、新規事業に関する取組みは全てが成功するわけではなく、失敗がつきものです。しかしながら、失敗を許容しすぎてしまうのは、社内で利益を創出している他部門の方からすれば好ましい姿ではないと思います。そのため、新規事業を行う際はキャッシュオンを意識し、リスクを管理するようにしています。例えば、冒頭で紹介させていただいた「宇宙事業」はSUと連携するとなると、多くの資金が必要となり、会社の資金がどんどん流出してしまいます。そうした事態を少しでも緩和できるよう、公的機関の補助金を積極的に利用する等の対策を講じ、事業部内でファイナンスの意識を高めるようにしています。単に失敗を許容するのではなく、事前に十分な対策を打っておくことが重要だと思います。
自社と連携すべき理由をDTSUに示せるか
─―本日はインタビューをお引き受けいただき、ありがとうございました。最後に、これまでDTSUとの連携に係る様々な取組みを実施してきた中で、何が連携の成功ポイントになると思われますか。
金子:技術の優位性、DTSUとの連携の経験値は、成否に関わらず重要なポイントになると思います。それに加えて、他社ではなく自社と連携すべき理由をDTSUに示せることが肝心だと考えます。他社には代替できない強み・技術を提供し、DTSUに自社と連携する価値を感じていただくことで、継続的な連携に繋げていくことができるのではないでしょうか。
作成者:PwCコンサルティング合同会社
インタビュー実施日:2023.12.27