プロフィール 2000年京都大院修了。東芝入社。コーポレート研究所で研究開発(主に機能性材料)、技術戦略・研究企画業務に従事。2017年 旭化成入社。研究・開発本部にて新事業創出のための技術戦略・イノベーション戦略に取り組む。博士(地球環境学)。 イントロダクション 量子、AI、バイオテクノロジー、半導体・電子機器、環境・エネルギー、素材、医療機器、航空宇宙等、国や世界全体で解決すべき経済社会課題の解決を通して社会にインパクトを与えられるような潜在力のある技術を「ディープテック」という。 そうした技術の開発に着手するスタートアップを、「ディープテック・スタートアップ」と呼ぶが、近年では、技術開発や新たな価値創造、社会実装を促進していく意味合いから、事業会社とディープテック・スタートアップが連携する事例が増えてきた。 本連載では、独自にインタビューを進めた内容を元に、事業会社の視点からディープテック・スタートアップとの連携における課題や成功ポイントについて紹介していく。 今回は、旭化成株式会社で実施しているディープテック・スタートアップ(以下、DTSU)との連携について、辻様に話を聞いた。(以下、本文敬称略) 新規事業・ポートフォリオ転換をプロアクティブに推進 ─―御社は主に、「マテリアル領域」「住宅領域」「ヘルスケア領域」の3つの領域で事業を展開していると伺っております。DTSU連携としては、どのような取り組みを行っているのでしょうか。 辻:まず、DTSUと連携する目的としては、「既存事業の強化」「分野横断的な技術の活用」「新規事業領域進出に向けた探索」の3つがあります。「既存事業の強化」では、自社では開発が難しい技術をDTSUから導入することが挙げられます。「分野横断的な技術の活用」では、ある領域の技術を別領域に応用することによって、コア事業領域から派生事業への展開が可能になると考えています。最後に「新規事業領域進出に向けた探索」では、これまでポートフォリオを柔軟に変更してきた背景があり、新たな技術を外部から導入することによって、どのような事業の展開が可能になるのか、積極的に議論・検討しています。最近では、社会的潮流としてカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーの影響を大きく受けており、DTSUをはじめとした社外からの技術導入の検討が活発になっています。 ─―DTSU連携では、「M&A」「出資」「共同研究」など、様々な連携形態がありますが、御社ではどのような連携を実施しているのでしょうか。 辻:M&Aは事業戦略として実施しています。また、近年共同研究や共同PoCが活発であり、DTSUとの関わりが増えていると感じています。DTSUや大学からのスピンオフ等、そもそもの分母が増加したことや、技術が多様化していることが要因としてあげられるのではないでしょうか。 ─―辻様が所属しているR&D戦略部において、DTSUと大学で連携方法に違いはあるのでしょうか。 辻:まずは契約形態が異なりますね。そのうえで大学とは、アーリーステージでの共同研究、原理原則系の研究が多いです。一方で、DTSUとは、共同事業など事業サイドでの連携の意味合いが強いですね。 思いがけない出会いを意図的に生み出しイノベーションを加速 ─―DTSU連携に係る御社の取り組みや方向性についてご説明いただきありがとうございます。続いて、連携先となるSUをどのように探索されているのか、会社としてDTSU連携に取り組む姿勢、社内体制などについて伺っていきたいと思います。まず、御社はどのようなソーシング活動を行っているのでしょうか。 辻:自社や社員のもつネットワーク、SUピッチ等への参加、オープンイノベーションプラットフォームや支援事業者の活用など、様々な手段でソーシング活動を行っています。なかでも、オープンイノベーションプラットフォームでは、既存の枠組みを超えた企業と新たな関係性を構築する足掛かりとすることができ、大変魅力的に感じています。旭化成は技術志向が強い会社なので、当社の技術をどう活かすか、他社の技術とどのように組み合わせてより価値を高めるか、という視点が強い傾向にありますが、お互いの事業ケイパビリティを融合させた新たな事業モデルの構想や、ひいては新たなエコシステムを考えるような取り組みも積極的に行っています。思いがけない出会いを意図的に生み出していくことで、イノベーションが加速していくと思います。 ─―オープンイノベーションプラットフォームとの関わりという観点ですと、株式会社eiiconと『Asahi Kasei Value Co-Creation Table 2023』という取り組みもされていたかと思います。こちらは、どのような取り組みなのでしょうか。 辻:2022年度にも同様の取り組みをしており、2023年度は2回目の取り組みとなっています。「旭化成の技術とパートナー企業のサービスやプロダクトなど双方のリソースを活用し、サステナブルな社会の実現に向けてオープンにディスカッションすることで、共に未来の可能性を見出していく」ことをコンセプトにしています。テーマによって旭化成が売る側になることもあれば、買う側になる場合もありますが、お互いで一つの事業を作り上げていくことを目指すテーマもあります。いずれにせよ、こちらから提示したテーマに対して、興味を持ったSUから応募いただき、面談などを経て共同研究先となる企業を選定していきます。かなり早い段階で事業構想の議論にまで進められたテーマもありますが、まだまだ不十分であると感じています。一方で、対外的な情報発信も限定的となっており、連携を活発化させていくためにも、今後は対外的な情報開示を増やしていく必要があると感じています。 『Asahi Kasei Value Co-Creation Table 2023』参考:https://www.asahi-kasei.com/jp/news/2023/ze230818.html 継続的な事業成長には内部人材の育成がカギ ─―続いて、御社の社内体制や人材獲得・育成について伺っていきたいと思います。新規事業に取り組む体制を強化するにあたり、どのような人材獲得・人材育成を行っているのでしょうか。 辻:当社は比較的中途社員が多いと思います。新規事業を拡大していく中で、全体的に人材が不足しており、特にマーケティング人材が不足していると感じています。もちろん、社外から即戦力を獲得してくることも効果的ですが、継続的な会社の成長を踏まえると、いかに内部の人材を育成していくかという観点が重要になってくると考えています。 ─―DTSUとの連携では、人材育成を目的とした連携もあるのでしょうか。 辻:その観点もありますね。実際に、何ヶ月かDTSUに出向するプログラムを設けています。一方で、この制度は学習としての意味合いが強いことが現状です。そうではなく、主体性や事業化という観点を養うためにも、SUで一社員として扱ってもらい、大きな責任を負った中で何ができるのか、どんな価値を発揮できるのか、最前線の現場を経験してもらうことが重要だと感じています。 ─―社内の人材育成・評価という観点ですと、外部連携によって成果を上げ、要職についたロールモデルなどはいるのでしょうか。 辻:外部連携はあくまで事業化に対する手段なので、それそのものが評価されることは少ないですが、研究開発段階で外部とのつながりを活用しながら研究を事業フェーズまで推進した実績は大きく評価されると思います。実際に、そうした実績から昇進したケースもあります。 DTSU連携は「5合目から登る」ことを可能にする ─―本日はインタビューをお引き受けいただき、ありがとうございました。最後に、今後のDTSU連携の継続見込みや規模拡大予定等がございましたら、教えてください。 辻:現在は研究分野も多様化しており、全てを自社のみで一から開発するのは難しい状況です。そうしたなかで、今後もDTSU連携を継続させ、規模を拡大させていきたいと考えています。当社では、DTSU連携において「5合目から登る」という表現を用いていて、これからも新しいエコシステム、チャネルに参入していく足掛かりとして、連携という手段を上手く活用していきたいと思います。 参考サイト:https://www.asahi-kasei.com/jp/ 作成者:PwCコンサルティング合同会社 インタビュー実施日:2024.1.10
2000年京都大院修了。東芝入社。コーポレート研究所で研究開発(主に機能性材料)、技術戦略・研究企画業務に従事。2017年 旭化成入社。研究・開発本部にて新事業創出のための技術戦略・イノベーション戦略に取り組む。博士(地球環境学)。
イントロダクション量子、AI、バイオテクノロジー、半導体・電子機器、環境・エネルギー、素材、医療機器、航空宇宙等、国や世界全体で解決すべき経済社会課題の解決を通して社会にインパクトを与えられるような潜在力のある技術を「ディープテック」という。
そうした技術の開発に着手するスタートアップを、「ディープテック・スタートアップ」と呼ぶが、近年では、技術開発や新たな価値創造、社会実装を促進していく意味合いから、事業会社とディープテック・スタートアップが連携する事例が増えてきた。
本連載では、独自にインタビューを進めた内容を元に、事業会社の視点からディープテック・スタートアップとの連携における課題や成功ポイントについて紹介していく。
今回は、旭化成株式会社で実施しているディープテック・スタートアップ(以下、DTSU)との連携について、辻様に話を聞いた。(以下、本文敬称略)
新規事業・ポートフォリオ転換をプロアクティブに推進
─―御社は主に、「マテリアル領域」「住宅領域」「ヘルスケア領域」の3つの領域で事業を展開していると伺っております。DTSU連携としては、どのような取り組みを行っているのでしょうか。
辻:まず、DTSUと連携する目的としては、「既存事業の強化」「分野横断的な技術の活用」「新規事業領域進出に向けた探索」の3つがあります。「既存事業の強化」では、自社では開発が難しい技術をDTSUから導入することが挙げられます。「分野横断的な技術の活用」では、ある領域の技術を別領域に応用することによって、コア事業領域から派生事業への展開が可能になると考えています。最後に「新規事業領域進出に向けた探索」では、これまでポートフォリオを柔軟に変更してきた背景があり、新たな技術を外部から導入することによって、どのような事業の展開が可能になるのか、積極的に議論・検討しています。最近では、社会的潮流としてカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーの影響を大きく受けており、DTSUをはじめとした社外からの技術導入の検討が活発になっています。
─―DTSU連携では、「M&A」「出資」「共同研究」など、様々な連携形態がありますが、御社ではどのような連携を実施しているのでしょうか。
辻:M&Aは事業戦略として実施しています。また、近年共同研究や共同PoCが活発であり、DTSUとの関わりが増えていると感じています。DTSUや大学からのスピンオフ等、そもそもの分母が増加したことや、技術が多様化していることが要因としてあげられるのではないでしょうか。
─―辻様が所属しているR&D戦略部において、DTSUと大学で連携方法に違いはあるのでしょうか。
辻:まずは契約形態が異なりますね。そのうえで大学とは、アーリーステージでの共同研究、原理原則系の研究が多いです。一方で、DTSUとは、共同事業など事業サイドでの連携の意味合いが強いですね。
思いがけない出会いを意図的に生み出しイノベーションを加速
─―DTSU連携に係る御社の取り組みや方向性についてご説明いただきありがとうございます。続いて、連携先となるSUをどのように探索されているのか、会社としてDTSU連携に取り組む姿勢、社内体制などについて伺っていきたいと思います。まず、御社はどのようなソーシング活動を行っているのでしょうか。
辻:自社や社員のもつネットワーク、SUピッチ等への参加、オープンイノベーションプラットフォームや支援事業者の活用など、様々な手段でソーシング活動を行っています。なかでも、オープンイノベーションプラットフォームでは、既存の枠組みを超えた企業と新たな関係性を構築する足掛かりとすることができ、大変魅力的に感じています。旭化成は技術志向が強い会社なので、当社の技術をどう活かすか、他社の技術とどのように組み合わせてより価値を高めるか、という視点が強い傾向にありますが、お互いの事業ケイパビリティを融合させた新たな事業モデルの構想や、ひいては新たなエコシステムを考えるような取り組みも積極的に行っています。思いがけない出会いを意図的に生み出していくことで、イノベーションが加速していくと思います。
─―オープンイノベーションプラットフォームとの関わりという観点ですと、株式会社eiiconと『Asahi Kasei Value Co-Creation Table 2023』という取り組みもされていたかと思います。こちらは、どのような取り組みなのでしょうか。
辻:2022年度にも同様の取り組みをしており、2023年度は2回目の取り組みとなっています。「旭化成の技術とパートナー企業のサービスやプロダクトなど双方のリソースを活用し、サステナブルな社会の実現に向けてオープンにディスカッションすることで、共に未来の可能性を見出していく」ことをコンセプトにしています。テーマによって旭化成が売る側になることもあれば、買う側になる場合もありますが、お互いで一つの事業を作り上げていくことを目指すテーマもあります。いずれにせよ、こちらから提示したテーマに対して、興味を持ったSUから応募いただき、面談などを経て共同研究先となる企業を選定していきます。かなり早い段階で事業構想の議論にまで進められたテーマもありますが、まだまだ不十分であると感じています。一方で、対外的な情報発信も限定的となっており、連携を活発化させていくためにも、今後は対外的な情報開示を増やしていく必要があると感じています。
『Asahi Kasei Value Co-Creation Table 2023』
参考:https://www.asahi-kasei.com/jp/news/2023/ze230818.html
継続的な事業成長には内部人材の育成がカギ
─―続いて、御社の社内体制や人材獲得・育成について伺っていきたいと思います。新規事業に取り組む体制を強化するにあたり、どのような人材獲得・人材育成を行っているのでしょうか。
辻:当社は比較的中途社員が多いと思います。新規事業を拡大していく中で、全体的に人材が不足しており、特にマーケティング人材が不足していると感じています。もちろん、社外から即戦力を獲得してくることも効果的ですが、継続的な会社の成長を踏まえると、いかに内部の人材を育成していくかという観点が重要になってくると考えています。
─―DTSUとの連携では、人材育成を目的とした連携もあるのでしょうか。
辻:その観点もありますね。実際に、何ヶ月かDTSUに出向するプログラムを設けています。一方で、この制度は学習としての意味合いが強いことが現状です。そうではなく、主体性や事業化という観点を養うためにも、SUで一社員として扱ってもらい、大きな責任を負った中で何ができるのか、どんな価値を発揮できるのか、最前線の現場を経験してもらうことが重要だと感じています。
─―社内の人材育成・評価という観点ですと、外部連携によって成果を上げ、要職についたロールモデルなどはいるのでしょうか。
辻:外部連携はあくまで事業化に対する手段なので、それそのものが評価されることは少ないですが、研究開発段階で外部とのつながりを活用しながら研究を事業フェーズまで推進した実績は大きく評価されると思います。実際に、そうした実績から昇進したケースもあります。
DTSU連携は「5合目から登る」ことを可能にする
─―本日はインタビューをお引き受けいただき、ありがとうございました。最後に、今後のDTSU連携の継続見込みや規模拡大予定等がございましたら、教えてください。
辻:現在は研究分野も多様化しており、全てを自社のみで一から開発するのは難しい状況です。そうしたなかで、今後もDTSU連携を継続させ、規模を拡大させていきたいと考えています。当社では、DTSU連携において「5合目から登る」という表現を用いていて、これからも新しいエコシステム、チャネルに参入していく足掛かりとして、連携という手段を上手く活用していきたいと思います。
作成者:PwCコンサルティング合同会社
インタビュー実施日:2024.1.10