大館 秀明様 原 純哉様 プロフィール 大館様 1992年中央大学卒業、同年川崎重工業入社。FA・ロボット事業、大型構造物事業、再エネ事業、鉄道関連事業、二次電池事業、モーターサイクル&エンジン事業など、多様な新事業、新製品の立ち上げをコアメンバーとして実施。2020年5月より現職イノベーション部において、既存事業に対するシナジー、新事業両面の探索や社内イノベーション文化の定着をリードしている。 原様 2008年広島大学大学院で造船工学を修了後、同年に川崎重工業に入社し、大型船造船設計に約12年間従事。その後、鉄道車両軌道監視事業開発、自律走行ロボット事業開発、自律オフロード車両事業開発と、主に新規事業開発を主として手掛ける。現在は、ベンチャー企業と社内事業部を繋ぐオープンイノベーションを推進するとともに、自身の新規事業開発の経験を活かし社内新規事業推進者の伴走支援を推進中。 イントロダクション 量子、AI、バイオテクノロジー、半導体・電子機器、環境・エネルギー、素材、医療機器、航空宇宙等、国や世界全体で解決すべき経済社会課題の解決を通して社会にインパクトを与えられるような潜在力のある技術を「ディープテック」という。 そうした技術の開発に着手するスタートアップを、「ディープテック・スタートアップ」と呼ぶが、近年では、技術開発や新たな価値創造、社会実装を促進していく意味合いから、事業会社とディープテック・スタートアップが連携する事例が増えてきた。 本連載では、独自にインタビューを進めた内容を元に、事業会社の視点からディープテック・スタートアップとの連携における課題や成功ポイントについて紹介していく。 今回は、川崎重工業株式会社で実施しているディープテック・スタートアップ(以下、DTSU)との連携について、大館様と原様に話を聞いた。(以下、本文敬称略) 「共創」「新規事業創出」「社外連携」の三本柱でイノベーション活動を強力に推進 ─―御社は造船業に端を発した企業であり、現在では「航空宇宙システム事業」、「車両事業」、「エネルギーソリューション&マリン事業」、「機密機械・ロボット事業」、「パワースポーツ&エンジン事業」、「その他事業」を展開していると伺っています。大館様、原様が所属している企画本部イノベーション部では、どのような目的で新規事業やSU連携を実施しているのでしょうか。また、新規事業としては、どのような取り組みを行っているのでしょうか。 大館:まず、当社のグループビジョン2030として、「安全安心リモート社会」、「近未来モビリティ」、「エネルギー・環境ソリューション」の3つのビジョンを掲げています。この3つのビジョンを軸に、SU連携・外部連携を推進していきたいと考えています。 また、企画本部イノベーション部では、イノベーション活動として、「共創」「新規事業創出」「社外連携」の3つの取り組みを行っています。「共創」では、既存事業・製品に関連した新事業や最新のテクノロジーを活用した業務の効率化、飛び地の新事業へのチャレンジを行っています。また、出資や事業連携という形で、SUとの連携も推進したり、ベンチャーキャピタルファンドへのLP出資を行ったりしています。「新規事業創出」では、「ビジネスアイディアチャレンジ」と題して、社内でアイディアコンテストを運営しており、実際にいくつか事業化した案件もあります。第一号としては、電動三輪車ビークルが選定されました。最後に「社外連携」では、「カワサキDAY」と題して、SU企業と交流する機会を設けております。具体的には、当社と協業を希望するSU企業の募集やSU企業によるピッチ等を実施しています。「カワサキDAY」は、SU企業との人脈やネットワークを構築する良い機会になっていると思います。 Group Vision 2030 「つぎの社会へ、信頼のこたえを」参考:https://www.khi.co.jp/groupvision2030/ ビジネスアイディアチャレンジ第1号として選定された電動三輪車ビークル「noslisu」 「公共交通機関でのアクセスが容易ではない地域での移動や、宅配事業者、高齢者など多様なニーズに応えられるよう、EV仕様と電動アシスト自転車仕様の2つの走行タイプが選べるほか、独自開発の前2輪方式による高い安定性と積載能力を実現しています。」参考:https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/20200910_1.html DTSUと「ともに成長」することでイノベーション創出を加速 ─―続いて、御社が新規事業創出を推進できている「秘訣」について伺っていきたいと思います。まず、DTSUとの連携において重視されているポイントや意識されていることはございますか。 原:当社の技術を通して、SUと当社の双方が成長することが重要だと考えています。逆に、単に業務を推進するスピード感やノウハウを得るためだけの出資ではなく、DTSUと連携する際は、まずは共同研究やPoCにより、「互いに成長できるか」、「互いに補完性があるか」を検討しています。その方が互いの将来的な成長によりよい影響を与えることができると思います。それ以外には、SU連携における窓口を決め、SU側がどこに話をするべきか、たらい回しにされることがないようにしています。また、NDA等も迅速に締結できるようにしています。 ─―「互いに成長できるか」という観点は一つキーワードになると思うのですが、連携するSU企業を選定する際は、どのような基準で判断されているのでしょうか。 大館:技術、事業、法務、財務それぞれの観点・手法から、連携先として適切かを判断しています。技術デューデリジェンス(以下、DD)ではSU企業が保有する技術の現在と将来の有用性、事業DDでは事業性・将来性・差別化、法務DDでは法律的な観点からの確認を行っています。また、財務DDでは企業価値評価を行い、株価に対するバリューを見極めています。 ─―一方、SUとの連携を推進していくには、相応の「人材」が必要になってくるかと思います。企画本部イノベーション部には、どのようなバックグラウンドの方が多いのでしょうか。また、人材育成や人材戦略についてどのようにお考えでしょうか。 大館:バックグラウンドとしては、技術系と事務系が半々くらいですね。SU連携に係る知識は不足していて、配属後に勉強しているというのが実情です。また、連携において技術的に専門性の高い知見が必要になる場合は、社内のR&Dに所属する従業員の知見を活用しています。人材育成という観点では、新規事業探索側の人材とインキュベーション人材の両方を育成していく必要があると感じています。企画本部イノベーション部では、SU側の視点に立ち共創の場づくりに勤めています。 ─―SUへの出向などを含め、社内の人材や知見が流出することに対して、否定的な意見はないのでしょうか。 大館:守るべき技術や知見については慎重に検討していますが、人材の流出については、一定程度仕方ないことだと考えています。一方で、社内ベンチャー制度等を通じて、大企業で新規事業を起こそうとする場合のメリット、頼れる人材が社内にたくさんいること、サプライチェーンが整っていることなど、川崎重工の強みを改めて感じることができたという声もいただいています。もちろん、チャレンジングな姿勢や技術開発力など、大企業よりもSUの方が優れている箇所は様々あると思いますが、既存のアセットを生かした、大企業だからこそ取り組める新規事業もあるのではないでしょうか。 ─―新規事業の取り組みに対する社内の雰囲気はいかがでしょうか。 大館:社内の雰囲気としては、経営トップから、0→1の取り組みに対して、会社として期待していること、失敗を恐れないでほしいこと、積極的に外部連携を進めてほしいことを発信しており、新規事業に取り組みやすい雰囲気が醸成されてきていると思います。 SU側の成長への寄与は、投資の重要な判断軸 ─―これまで新規事業創出に係る取り組みやSU連携に係る取り組みについて伺いましたが、御社は今後CVCにも取り組む意向があると伺っております。先ほど、「単にスピード感やノウハウを得るためだけの出資はしない」とのお話もありましたが、CVCではどのような取り組みを想定しているのでしょうか。 原:当社はVCではないですし、まずは共同開発やPoCが前提になると思います。そうした中で、必要に応じて直接投資を行っていくのがよいと考えています。また、投資においても、財務リターンより戦略リターン(互いが成長する)を重視しています。やはりここでも、「当社の技術や知見が活かせるのか、当社に足りない要素をSUが持ち合わせているか」が重要です。 ─―「成長性」や「補完性」を重視されており、非常に一貫した取り組みをされていると感じました。投資という観点ですと、冒頭でLP出資というお話もありましたが、VCと関わる中で、今後参考にしていきたい取り組みや考えはございますか。 大館:主に、VCからは投資の目利きについて学んでいます。また、単に「出資してください」と言い寄ってくる企業に対しては出資しないと話されていたのも印象的でした。事業会社としてこちら側が相手にどのようなメリットを与えることができるか、出資によってSUが成長するのかという観点を非常に重視されており、そうした観点・姿勢は当社としても参考にしていきたいですね。 WinWinの関係性を重視し、SUとの連携を推進していきたい ─―本日はインタビューをお引き受けいただき、ありがとうございました。最後に、DTSU連携や新規事業創出に係る取り組みとして、今後予定されていることや展望等がございましたら、教えてください。 大館:新しい価値を社会に提供する新規事業の種を産み出すために、アイデア公募制度ビジネスアイディアチャレンジに注力をしていく予定です。従業員からたくさんのアイデアを出していただくため、アイディエーションの施策を施し、また出てきたアイデアに対しては事業化に向かって進めるべくサポートをしていきたいと思います。また、SUとの連携に関しては、SUとのWinWinの関係を築くことを重視し活動していきたいですね。自社の価値とそれぞれのSUの価値を高めることができるパートナーを求め、パートナーと協力してともに成長しともに利益を産み出すべく、積極的に協業に取り組んでいきたいです。 参考サイト:https://www.khi.co.jp/ 作成者:PwCコンサルティング合同会社 インタビュー実施日:2023.12.28
大館 秀明様 原 純哉様
大館様
イントロダクション1992年中央大学卒業、同年川崎重工業入社。FA・ロボット事業、大型構造物事業、再エネ事業、鉄道関連事業、二次電池事業、モーターサイクル&エンジン事業など、多様な新事業、新製品の立ち上げをコアメンバーとして実施。2020年5月より現職イノベーション部において、既存事業に対するシナジー、新事業両面の探索や社内イノベーション文化の定着をリードしている。
原様
2008年広島大学大学院で造船工学を修了後、同年に川崎重工業に入社し、大型船造船設計に約12年間従事。その後、鉄道車両軌道監視事業開発、自律走行ロボット事業開発、自律オフロード車両事業開発と、主に新規事業開発を主として手掛ける。現在は、ベンチャー企業と社内事業部を繋ぐオープンイノベーションを推進するとともに、自身の新規事業開発の経験を活かし社内新規事業推進者の伴走支援を推進中。
量子、AI、バイオテクノロジー、半導体・電子機器、環境・エネルギー、素材、医療機器、航空宇宙等、国や世界全体で解決すべき経済社会課題の解決を通して社会にインパクトを与えられるような潜在力のある技術を「ディープテック」という。
そうした技術の開発に着手するスタートアップを、「ディープテック・スタートアップ」と呼ぶが、近年では、技術開発や新たな価値創造、社会実装を促進していく意味合いから、事業会社とディープテック・スタートアップが連携する事例が増えてきた。
本連載では、独自にインタビューを進めた内容を元に、事業会社の視点からディープテック・スタートアップとの連携における課題や成功ポイントについて紹介していく。
今回は、川崎重工業株式会社で実施しているディープテック・スタートアップ(以下、DTSU)との連携について、大館様と原様に話を聞いた。(以下、本文敬称略)
「共創」「新規事業創出」「社外連携」の三本柱でイノベーション活動を強力に推進
─―御社は造船業に端を発した企業であり、現在では「航空宇宙システム事業」、「車両事業」、「エネルギーソリューション&マリン事業」、「機密機械・ロボット事業」、「パワースポーツ&エンジン事業」、「その他事業」を展開していると伺っています。大館様、原様が所属している企画本部イノベーション部では、どのような目的で新規事業やSU連携を実施しているのでしょうか。また、新規事業としては、どのような取り組みを行っているのでしょうか。
大館:まず、当社のグループビジョン2030として、「安全安心リモート社会」、「近未来モビリティ」、「エネルギー・環境ソリューション」の3つのビジョンを掲げています。この3つのビジョンを軸に、SU連携・外部連携を推進していきたいと考えています。 また、企画本部イノベーション部では、イノベーション活動として、「共創」「新規事業創出」「社外連携」の3つの取り組みを行っています。「共創」では、既存事業・製品に関連した新事業や最新のテクノロジーを活用した業務の効率化、飛び地の新事業へのチャレンジを行っています。また、出資や事業連携という形で、SUとの連携も推進したり、ベンチャーキャピタルファンドへのLP出資を行ったりしています。「新規事業創出」では、「ビジネスアイディアチャレンジ」と題して、社内でアイディアコンテストを運営しており、実際にいくつか事業化した案件もあります。第一号としては、電動三輪車ビークルが選定されました。最後に「社外連携」では、「カワサキDAY」と題して、SU企業と交流する機会を設けております。具体的には、当社と協業を希望するSU企業の募集やSU企業によるピッチ等を実施しています。「カワサキDAY」は、SU企業との人脈やネットワークを構築する良い機会になっていると思います。
Group Vision 2030 「つぎの社会へ、信頼のこたえを」
参考:https://www.khi.co.jp/groupvision2030/
ビジネスアイディアチャレンジ第1号として選定された電動三輪車ビークル「noslisu」
「公共交通機関でのアクセスが容易ではない地域での移動や、宅配事業者、高齢者など多様なニーズに応えられるよう、EV仕様と電動アシスト自転車仕様の2つの走行タイプが選べるほか、独自開発の前2輪方式による高い安定性と積載能力を実現しています。」
参考:https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/20200910_1.html
DTSUと「ともに成長」することでイノベーション創出を加速
─―続いて、御社が新規事業創出を推進できている「秘訣」について伺っていきたいと思います。まず、DTSUとの連携において重視されているポイントや意識されていることはございますか。
原:当社の技術を通して、SUと当社の双方が成長することが重要だと考えています。逆に、単に業務を推進するスピード感やノウハウを得るためだけの出資ではなく、DTSUと連携する際は、まずは共同研究やPoCにより、「互いに成長できるか」、「互いに補完性があるか」を検討しています。その方が互いの将来的な成長によりよい影響を与えることができると思います。それ以外には、SU連携における窓口を決め、SU側がどこに話をするべきか、たらい回しにされることがないようにしています。また、NDA等も迅速に締結できるようにしています。
─―「互いに成長できるか」という観点は一つキーワードになると思うのですが、連携するSU企業を選定する際は、どのような基準で判断されているのでしょうか。
大館:技術、事業、法務、財務それぞれの観点・手法から、連携先として適切かを判断しています。技術デューデリジェンス(以下、DD)ではSU企業が保有する技術の現在と将来の有用性、事業DDでは事業性・将来性・差別化、法務DDでは法律的な観点からの確認を行っています。また、財務DDでは企業価値評価を行い、株価に対するバリューを見極めています。
─―一方、SUとの連携を推進していくには、相応の「人材」が必要になってくるかと思います。企画本部イノベーション部には、どのようなバックグラウンドの方が多いのでしょうか。また、人材育成や人材戦略についてどのようにお考えでしょうか。
大館:バックグラウンドとしては、技術系と事務系が半々くらいですね。SU連携に係る知識は不足していて、配属後に勉強しているというのが実情です。また、連携において技術的に専門性の高い知見が必要になる場合は、社内のR&Dに所属する従業員の知見を活用しています。人材育成という観点では、新規事業探索側の人材とインキュベーション人材の両方を育成していく必要があると感じています。企画本部イノベーション部では、SU側の視点に立ち共創の場づくりに勤めています。
─―SUへの出向などを含め、社内の人材や知見が流出することに対して、否定的な意見はないのでしょうか。
大館:守るべき技術や知見については慎重に検討していますが、人材の流出については、一定程度仕方ないことだと考えています。一方で、社内ベンチャー制度等を通じて、大企業で新規事業を起こそうとする場合のメリット、頼れる人材が社内にたくさんいること、サプライチェーンが整っていることなど、川崎重工の強みを改めて感じることができたという声もいただいています。もちろん、チャレンジングな姿勢や技術開発力など、大企業よりもSUの方が優れている箇所は様々あると思いますが、既存のアセットを生かした、大企業だからこそ取り組める新規事業もあるのではないでしょうか。
─―新規事業の取り組みに対する社内の雰囲気はいかがでしょうか。
大館:社内の雰囲気としては、経営トップから、0→1の取り組みに対して、会社として期待していること、失敗を恐れないでほしいこと、積極的に外部連携を進めてほしいことを発信しており、新規事業に取り組みやすい雰囲気が醸成されてきていると思います。
SU側の成長への寄与は、投資の重要な判断軸
─―これまで新規事業創出に係る取り組みやSU連携に係る取り組みについて伺いましたが、御社は今後CVCにも取り組む意向があると伺っております。先ほど、「単にスピード感やノウハウを得るためだけの出資はしない」とのお話もありましたが、CVCではどのような取り組みを想定しているのでしょうか。
原:当社はVCではないですし、まずは共同開発やPoCが前提になると思います。そうした中で、必要に応じて直接投資を行っていくのがよいと考えています。また、投資においても、財務リターンより戦略リターン(互いが成長する)を重視しています。やはりここでも、「当社の技術や知見が活かせるのか、当社に足りない要素をSUが持ち合わせているか」が重要です。
─―「成長性」や「補完性」を重視されており、非常に一貫した取り組みをされていると感じました。投資という観点ですと、冒頭でLP出資というお話もありましたが、VCと関わる中で、今後参考にしていきたい取り組みや考えはございますか。
大館:主に、VCからは投資の目利きについて学んでいます。また、単に「出資してください」と言い寄ってくる企業に対しては出資しないと話されていたのも印象的でした。事業会社としてこちら側が相手にどのようなメリットを与えることができるか、出資によってSUが成長するのかという観点を非常に重視されており、そうした観点・姿勢は当社としても参考にしていきたいですね。
WinWinの関係性を重視し、SUとの連携を推進していきたい
─―本日はインタビューをお引き受けいただき、ありがとうございました。最後に、DTSU連携や新規事業創出に係る取り組みとして、今後予定されていることや展望等がございましたら、教えてください。
大館:新しい価値を社会に提供する新規事業の種を産み出すために、アイデア公募制度ビジネスアイディアチャレンジに注力をしていく予定です。従業員からたくさんのアイデアを出していただくため、アイディエーションの施策を施し、また出てきたアイデアに対しては事業化に向かって進めるべくサポートをしていきたいと思います。また、SUとの連携に関しては、SUとのWinWinの関係を築くことを重視し活動していきたいですね。自社の価値とそれぞれのSUの価値を高めることができるパートナーを求め、パートナーと協力してともに成長しともに利益を産み出すべく、積極的に協業に取り組んでいきたいです。
作成者:PwCコンサルティング合同会社
インタビュー実施日:2023.12.28