従来、自動車は「所有」する移動手段だった。それを、ICTを活用して他のさまざまな移動サービスと統合し、1つのサービスとして「利用」するという新しいモビリティの概念「MaaS(Mobility as a Service)」が、カーボン・ニュートラルが提唱される今日の世界において注目を集めている。そうしたなか、日本の代表的な石油元売の1つである出光興産は、超小型EVを活用したカーシェアリングというMaaS事業の実現に向けて、“モビリティ×ICT”を専門とするスタートアップ企業のスマートドライブと連携した。この連携では、出光興産が2019年8月より岐阜県飛騨市・高山市、2020年4月より千葉県館山市などで展開している超小型EVを活用したカーシェアリングの実証実験において、走行データの収集・解析に、スマートドライブが提供する「Mobility Data Platform」を利用している。
EVによるモビリティー新規事業の経緯と将来について、スマートドライブ 代表取締役 北川烈氏、出光興産 モビリティ戦略室 次長 福地竹虎氏に話を聞いた。(以下、文中敬称略)
ハードウェア×ソフトウェア相乗効果発揮型 社会課題を解決する新たなサービスの創出
実施内容の要約 | 地域における超小型EVの実証実験(出光興産) 走行に関するデータの収集・解析(スマートドライブ) |
関わり方や提供物 | 個人・自治体・法人向けの超小型EVやサービス開発、ならびに施策展開・メンテナンス基地となる特約販売店ネットワークの活用(出光興産) データ分析・UX・アプリケーション(スマートドライブ) |
求める成果・ゴール | 脱炭素社会という文脈からの石油元売としての新たなモビリティを通じた貢献・超小型EV、サービス展開による地域の移動課題の解決(出光興産) EVに関連する走行データの収集・解析の実ビジネス展開(スマートドライブ) |
将来 | モビリティ事業の展開(出光興産) 走行ビッグデータの収集・解析による社会貢献(スマートドライブ) |
将来のモビリティとの“相性”を模索するなか、超小型EV事業参入へ
──まず始めに、出光興産としてEV事業に乗り出したきっかけを教えてください。
福地 もともと、新たな時代のモビリティが、我々のような石油元売にとってどのような相性をもって関係性を築けるのかといった見地から、EVに限らずさまざまなリサーチや検証を行っていました。実は日本というのは、かつて量産型EVの発売は世界初だったのです。しかしながら、東日本大震災を受けて、この流れは一旦大きく後退してしまいました。
とはいえ、社会がEVを受け入れるポテンシャルは潜在的に高いはずです。そこで、一つの方向性を見出すべく、2018年6月にEVプロジェクトを当初は部室を横断する形でスタートしたのです。ちょうど同じ年に規制緩和が行われ、自治体や自動車メーカー以外でも超小型EVの公道走行申請ができるようになったのを受け、非自治体や非自動車メーカーとして初めて、岐阜県高山市、飛騨市にて超小型EVを活用した実証実験の申請を行い、2019年8月より開始しました。
──そうしたなか、スマートドライブとの協業はどのようにしてスタートしたのでしょうか。
福地 かねてから当社は、KDDIさんが主催する事業共創プラットフォーム「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」の主旨に賛同する大企業群である「パートナー連合」に参加していました。2020年2月、当社のオープンイノベーション担当者から、超小型EVをより効果的に活用できるパートナー企業があるという提案がありました。その企業こそがスマートドライブさんだったのです。
その後2020年4月にスタートした千葉県館山市での実証実験では、当社関連会社が提供する太陽電池や、無接触で給電するカーポートを活用した実証も展開しています。この実証実験は、出光興産の特約販売店ネットワークを活用した地域サービス提供という観点から、当社が調達する超小型EVを特約販売店に貸与し、MaaS実現に向けて検証するというものです。
当社としては、まだまだ世間に広まっていなかった超小型EVという新しいモビリティが、法人ならびに個人にどう受け入れられるかを、実証実験を通じて把握しようとしていました。車両の稼働率や利用者データのほか、お客様からの感想、意見を集めていましたが、もう少し違った切り口があってもいいのではないかと思案していたのです。そこでスマートドライブさんに相談したところ、我々では考えられなかったようなさまざまな提案をもらいました。こうして最初に知ってから1カ月後には、スマートドライブさんが我々のプロジェクトに参加してくれることになったのです。
──スマートドライブの成り立ちや事業について簡単に紹介してください。
北川 私自身の大学院時代の研究テーマでもあった、“社会課題の解決に移動・交通データをいかに活用できるのか”にフォーカスして、2013年に創業しました。以来、「移動の進化を後押しする」をビジョンとし、移動に関するさまざまなセンサーデバイスを通じて収集・解析されたビッグデータを活用して、IoT時代の新たな移動にまつわるサービスを提供しています。その要とも言える、走行データの収集・解析を行う「Mobility Data Platform」は、これまでも幅広い業種業態の企業と数々の実証実験を行い、新しいサービスの創出を目指した協業を行ってきました。
当社の事業としては大きく2つあります。まず1つは、営業や配送等に自動車を使う企業が、データ活用によって車両管理を簡易化・最適化したり、事故を減らしたりといったことに貢献するものです。そこではEVのデータも活用しながらSaaSとしてサービスを提供し、事業における課題解決を目指しています。
もう1つは、出光興産さんや保険会社、自動車メーカーなど、パートナーと一緒に、車の利用における課題を共有し、我々の技術を提供しながら新しい付加価値を創出していくという事業です。そこでは当社だけでは考えられない、できないようなことまで、パートナーと一緒だからこそ可能となるような相乗効果を狙っています。
4人乗り超小型EVの来春リリースに向けて
──両社のパートナーシップについての見解と、次なる取り組みについてお聞かせください。
福地 スマートドライブさんの技術によるテレマティクス移動データの解析と、解析に基づいたアドバイスを提供してもらうことがこれまでの協業の基本となります。また、外部企業とのコラボレーションというのは、人と人のつながりであり、極めてシンプルだという確信を得られたことも大きな収穫です。スマートドライブさんは、我々の立場になっていろいろと考えてくれるので、単なる協業相手というよりも、もはや同志だと思っています。
この春(※2021年12月時点)には、取り組みの次なるステップとして、新型車両と新型プラットフォームをリリースすべく準備している真っ最中です。お互いの関係をさらに強化しながら進めています。そして単に新しいプラットフォームを作って終わりなのではなく、EV車両とサービスプラットフォームというモノとコト双方をリンクしながらの開発を通じて、事業活性化や社会課題解決に寄与するような、さらに多様なサービスをともに創出していくことを目指しています。
春からスタートする新事業には、2つの“日本初”があります。
1つは国内初の形型認証を受けた4人乗りの超小型EVの実現であり、もう1つはサブスクリプションモデルとカーシェアという2つの利用形態を1つのIDで使えるようにすることです。こうして地方自治体など、モビリティに関して悩みを抱えている地域/人々に、サービスを提供していけたらと考えています。当社はこの前段階として、レース車両の開発などを手がけるタジマモーターコーポレーションと合弁で新会社「出光タジマEV」を2021年4月に設立しました。新会社設立のプレスリリースを行ってから、すでに想定を大幅に上回る多くの企業や地方自治体から引き合いが来ています。
──現在、最も課題と感じているのはどのようなことでしょうか。
福地 一番の課題は、想定を上回る4人乗り超小型EVの引き合いに対して、どのように対応していくかということです。お声かけ頂いている状況からもわかるとおり、この2年の間に世の中の潮流が大きく変わったのを感じています。問い合わせの数も2年前には考えられなかったほど増えています。このような流れの中で、スマートドライブさんのプラットフォームを活用できることで、これからさまざまなサービスを創出していけると考えています。
北川 我々としても、出光興産さんと一緒に現状のさまざまな課題を見据えながら、どのようにデータを活用すべきかについて取り組んでいるところです。
バッテリーの生データ活用という未開拓の分野を目指して
──両社の取り組みでの今後のビジョンについて教えてください。
福地 実際に車両が街を走り出すようになると、データも変化してくることでしょう。これまでにも移動データを取得してきていますが、経験を踏まえて解析のアプローチを変えるなどしながら、サービスも変えていく必要があると考えています。
特に重要なのがEVのバッテリーの生データであり、これと移動を紐付けるというのは未知の領域になるので、どのようにサービスに活かしていくかによって、新たな価値の創造につなげることができるはずです。
例えば、車の稼働率が上がることで、バッテリーの劣化にどのような影響を与えるかというのは、実はまだ誰もわかっていません。つまり、バッテリーの価値を正当に評価できていないのがEVの現状であると言えるわけです。そのような課題を、我々の力で変えていきたいですね。また、運転データについてもさまざまな角度から解析することで、新しい各種の提案やサービスへとつなげていけるのではないかと期待しています。
──最後に、お二人からオープンイノベーションに求められる意義や価値についての意見をお願いします。
北川 当社のようなスタートアップ企業というのは、ある1つの分野に尖っているものなので、それをそのままビジネスに当てはめたとしてもすぐに価値を生み出すことはできません。そのため、オープンイノベーションによって出光興産さんというパートナー企業の目線で一緒に考えながら、どのように世の中のニーズにアジャストさせていけばいいのかを考えることには、とても大きな意義があるのです。
これまで多くの企業とパートナーシップを結んでいますが、正直言って出光興産さんほどワンチームとして取り組んでくれた企業はありませんでした。どうしても多くの場合は我々に対して外注感が出てしまうので、ここまでスピーディーにことが運ぶことはまず不可能でしょう。
福地 ある意味、企業の規模が大きくなればなるほど、実は一人ひとりに任されている分野は狭かったり、さらには組織の部品のような存在となってしまったりといった傾向が強くなるのではないでしょうか。だからこそ、スマートドライブさんのようなスタートアップ企業をはじめ、他の企業とコラボレーションすることは必然とも言えます。もはや、一社ですべてを完結できる時代ではないのですから。
JOIC オープンイノベーション名鑑
出光興産 モビリティ戦略室 次長 福地竹虎氏×スマートドライブ 代表取締役 北川烈氏