社外からの技術やノウハウを取り入れ、イノベーティヴなビジネスを創出しようとするコンセプトを「オープンイノベーション」と呼ぶ。
国内でも、大手企業とスタートアップ企業、大手企業同士、企業と大学などの研究機関が組織の枠を超えて連携することで、革新的なプロダクトやサービスが登場する機会が増えてきた。また、アクセラレーションプログラムなどを通じて、協業先の企業や研究チームを発掘しようとする動きも、近年盛んだ。
本連載では、編集部が独自に取材を進めた内容を元に、大手企業のオープンイノベーションに関する取り組みを紹介していく。
連載第2回となる今回は、KDDIの事例として、同社ビジネスインキュベーション推進部 部長の中馬 和彦氏に話を聞いた。(以下、本文敬称略)
――KDDIでは、「KDDI MUGEN LABO」と「KDDI Open Innovation Fund」という、2つのオープンイノベーション関連事業を運営されています。それぞれの概要を教えていただけますか。
中馬「KDDI MUGEN LABOは、シード期のスタートアップコミュニティにアクセスすること目的として、アクセラレータプログラムとして2011年に開始しています。それには背景があります。ガラケー時代においては、我々キャリアがビジネスモデルにイニシアチブと取っていたこともあり、待っていれば、新サービスをやりたいという申し込みが来る状態でした。ビジネス上の主導権を持っていたと言えます。ところが、スマートフォンの時代になると、アプリ流通はApp StoreやGoogle Playなど介して行われるようになり、必然的に、私たちとコンテンツプロバイダーとの距離が開いたのです。シード期のスタートアップ企業にアクセスし、そのコミュニティーに働きかけること目的としてスタートしたのが、KDDI MUGEN LABOです」
――ガラケーからスマートフォンへの移り変わりがきっかけになっていたのですね。KDDI Open Innovation Fundについてはいかがでしょうか。
中馬「KDDI Open Innovation Fundがスタートしたのは、KDDI MUGEN LABOの1年後の2012年です。こちらはベンチャーキャピタルで、1号、2号はそれぞれ総額を50億円として運用は終了しています。3号は投資総額が200億円で、いまも運用しています。投資先は、約100社で、そのうち4割ほどは、海外の企業です。こちらはKDDIにとっての新規事業を創出していく意味合いも大きく、基本的には通信以外の領域へ投資を行う方針で、最近ではバイオや宇宙領域にも投資を行っていますね」
――いずれも規模が大きく、KDDIはオープンイノベーションにかなり力を入れている企業という印象があります。
中馬「そこには、私たちの社風が関わっているんです。私がKDDIの前進企業のひとつとなる国際電信電話(KDD)に入社した頃は、国際電話の売り上げだけで、年間3000億円ほどが見込めました。でも、いまは300億円以下です。20年のあいだに無料通話アプリなどが台頭してきたことで、国際電話というマーケットが無くなってしまったんです。
それに続く市場はインターネットで、全盛期は1兆円の売り上げがありましたが、いまは2000億円以下です。電話、インターネット、ガラケー、スマートフォンと、私たちの本業がどんどん変わっていっている。IT業界は、とても新陳代謝が激しいですよね。『昔こんなことがあった』と誰かに聞いたわけではなく、私自身がその変化を経験しているんですから。この後も、同じことが起きることを念頭に、新規事業を生み出して、将来の新たな事業の柱を作っていくという考え方が、ベースにあるんです」
――納得の理由です。
中馬「高橋社長(KDDI 代表取締役社長 高橋 誠氏)が、KDDIでオープンイノベーションを始めた人物です。オープンイノベーションという言葉もまだなかった時代に、グリーとの『パートナー戦略』として、『EZ GREE』というプラットフォームを開発していましたね。
その付近の例で言えば、検索サイトのGoogleがPCにしか対応していなかった時代に、モバイル端末に初めてGoogleが組み込まれたのは、KDDIのガラケーでした。KDDIのガラケーのポータルサイトに「Enhanced by Google」と記載して、Googleのアルゴリズムを組み込んだんです。検索結果は、KDDIが独自にカスタマイズした画面で表示していました。
現在では、Googleの検索結果をサードパーティーが改変することは絶対ないと思います。でも当時のGoogleはモバイルへのシフトに出遅れていた状態だったので、こうしたことが可能だったんですね。そこから、モバイルで検索するという流れが広まり、Googleのモバイルシフトのきっかけになりました。そんな付き合いもあって、Androidも、いちはやくKDDIに持ち込んでくれたんですよ」
――他者とのコラボレーションで何かを作っていくという文化が、根付いていることがよくわかるエピソードですね。オープンイノベーションは、KDDIの新しい事業を作るコアとしての役割を大きく担っていることになると思いますが、協業先の企業は、どのような基準で決まるのでしょうか。
中馬「そこも私たちのユニークなところだと思っているのですが、オープンイノベーションという仕組みを事業に取り入れるときに、『何がしたいか』が先に来ることが多いと思うんですね。『解決したい課題』や『苦手な領域』というものがあって、それを解決するという目的が前提にきている、いわば課題解決型のオープンイノベーションです。
私たちも、それをしないというわけではないのですが、レアケースです。私たちは課題や前提を持たずに、『いい会社があるか』『面白いマーケットができるか』を重視して企業を選びます。世の中にインパクトを与えそうか。その市場は大きくなりそうか。auを使ってくださっている4000万人のお客様とつながったときに、大きなビジネスになる分野か。そこを見ています」
――そういう企業を探し出してくる段階にも秘訣がありますか。
中馬「きっかけは色々ですよね。社長が言っていたとか、雑誌やウェブのニュースで話題になっていた、シリコンバレーで流行っているらしいと聞いたとか。いま、ここに無い領域も、何かのきっかけで思いつくものですから、“思いつくこと”そのものがオープンイノベーション活動でもあります。
具体的にどう動いているかと言えば、とにかくすごい数のスタートアップ企業に、先入観なく会い続けていますよ。サンフランシスコ、上海、シンガポールに、オープンイノベーションのための拠点があって、そこのチームから、毎週報告が上がってくるんです。
ほかに、投資家同士のネットワークとも情報交換をします。『うちの投資先、どう思う?』とか。そうやって集まってきた情報を眺めていると、共通項が見えてくることがあります。『最近こういうビジネスモデルがきている』ですとか『建築分野のDXについて話している人が多い』ですとか。“いま来てる分野”が見えてくるんです」
――最近の事例として、お話いただける例はありますか。
中馬「KDDIは現在、povoという第2のブランドを展開していますが、このpovoは、シンガポールの通信企業であるCircles Life.とのパートナーシップで進めています。彼らが持っている、通信を月額でなく、必要なときにチケット制で購入する「トッピング」というスキームに将来性を感じ、povoの立ち上げにつながっています。
KDDIが世に出したサービスは、KDDIがフルスクラッチで立ち上げたものは無く、何らかのかたちでパートナーシップを組んだり、オープンイノベーションの仕組みを経て開発しています。povoの場合、ネットワークのレイヤーはauが担い、サービスのレイヤーはCircles Life.が開発を担っていますね。もしブランドをライセンスするかたちで進めたとしたら、Circles Life.の持っているアルゴリズムをKDDIの課金システムとして構築する必要があるので、スピード感がまったく異なってしまいます」
――「これはうまくいかなかったな」と感じることもあるものでしょうか。
中馬「うまくいかなくて普通なんです。スタートアップへの投資は、打率が1割から2割です。10回投資して1件か2件、100回投資して10件から20件。その数をこなすまで耐えられるかという、経営側の胆力が求められるのがオープンイノベーションだと思っています。
大企業がベンチャーキャピタルを始めるとき、1件1件精査した結果、反対が多くて1件も投資に至らないという話を聞くことが、よくあります。10件、100件と投資して、数をこなしてから判断する習慣を、大企業も持った方がいいと思っています。『失敗しないオープンイノベーション』というテーマで講演をしてほしいという相談が私に来ることがありますが、『失敗を恐れないオープンイノベーション』というテーマに変えてもらえるなら講演すると答えることにしています」
――オープンイノベーションを視野に入れている企業の担当者に、伝えたいことはありますか。
中馬「他の大企業の方で苦労されている人たちには、私たちはいつも『KDDIが取り組んできたこと』や『失敗したこと』を積極的に情報提供するようにしています。その方が、仲間が増えますし、結果的に日本のマーケットがよくなると考えているからです。
スタートアップへの投資は、1社で独占するものではなく、失敗のリスクをシェアしながら、みんなで応援していくエコシステムでありたいと思っています。賛同してくれる仲間が増えたらうれしいですよ。KDDI MUGEN LABOへの参画には、費用は発生しません。企業によってオープンイノベーションという仕組みの浸透度はまったく異なるので、オープンイノベーションを始めてから1年経った企業の姿を見れますし、話も聞けます。スタートアップ企業と大企業という組み合わせだけでなく、大企業同士で会話が生まれて、そこからコラボレーションが生まれることもあるんですよ」
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