政府は2022年をスタートアップ創出元年と位置づけ、イノベーション創出の鍵となるスタートアップを5年で10倍に増やすとしている。しかし、将来のイノベーションを生み成長を促すには、具体的にはどのような土壌づくり、支援が効果的なのだろうか。本シリーズでは、研究開発型スタートアップを中心に大学発、大企業発のプレーヤーを取材し、実際に起業や拡大過程で影響を受けたもの、役立った支援からイノベーション創出のヒントを探っていく。
頭痛治療用アプリの開発を目指す株式会社ヘッジホッグ・メドテックは、2021年10月の創業と同時期にNEDOの研究開発型スタートアップ支援事業(NEP)や東大IPCの「1stRound」2022年度第6回に応募し、支援プログラムをうまく活用しながら、2022年11月にはシードラウンドで1.45億円の調達へつなげている。上市まで長い期間のかかる研究開発系スタートアップにおいて資金の確保は最大の課題だ。創業からどのような道のりをたどったのか、また支援の活用方法について、株式会社ヘッジホッグ・メドテック CEOの川田 裕美氏に伺った。
株式会社ヘッジホッグ・メドテック CEO
川田 裕美氏
医師、医学博士、産業医。2014年に厚生労働省入省。2017年にメドレーに参画し、オンライン診療に関して、Government Relations、アカデミアとの連携を推進。2020年からソフトバンクにて、DTx領域の投資検討及び海外企業とのJV設立を担当。
医療のDXは利便性から治療効果を向上させるフェーズへ
医療機器プログラム「頭痛治療用アプリ」を開発
株式会社ヘッジホッグ・メドテックは、「片頭痛」の治療用アプリを開発するスタートアップ。片頭痛は、全世界の患者数は10億人、国内の通院者数だけでも315万人、と大きな市場だ。また、若い女性に多い疾患であり、デジタル機器を使い慣れた世代が対象となることからアプリとの相性がいい。同社のビジネスの特徴は、医療機器として承認された治療用アプリを目指している点だ。保険適用されれば、患者は3割の自己負担で安価に利用でき、かつ、医療機関は診療報酬として売り上げ増につながる。
アプリの治療法は認知行動療法をベースとしたもの。認知行動療法は、うつ病や精神疾患が連想されるが、片頭痛は、ストレスなどの心理的な要因や社会的な環境に影響を受けやすい疾患であり、対面の治療法では認知行動療法が有効と言われている。この治療法をデジタルで再現し、かつ、外来の対面診療とも組み合わせることでより治療効果を高めることを目指している。
利用例としては、月に1度通院する場合、次の診察まではアプリで治療に取り組む、といった使い方を想定している。また通院はしていなくても頭痛の悩みを抱えている人は多く、治療用アプリへの期待度は非常に高い。現在、医療機関との共同研究で臨床試験を予定しており、2024年に治験、2025年に申請、翌2026年の承認を目指している。
臨床現場の応援と夫の協力、副業の広がりが起業の後押し
──起業された経緯をお聞かせください。
前々職のメドレーではオンライン診療の普及に長く携わってきました。その後、ソフトバンクへ転職して海外の技術を調査していくなかで、デジタルの力で日本の医療をより良くするためには次のフェーズで何が求められるかを考えるようになりました。オンライン診療のような利便性の先には、診療の質の向上、より効果の高いものがデジタルでも大事になります。安全性と効果がきちんと検証された治療用アプリをつくりたい、と考えたのが起業のきっかけです。
──もともと、いずれ起業しようと考えていらっしゃったのでしょうか?
起業の後押しになったことが2つあります。1つは臨床現場の方にアイデアをお話したところ、やるなら応援しますよ、と言ってもらえたこと。もう1つは、夫(同社CFOの石坂 洋旭氏)が創業メンバーとして入ってくれたことです。
どちらかというと夫のほうが起業への興味があったので、家庭内での同意が得られましたし、会社を立ち上げるうえでも心強い味方になりました。社内の体制的には、私はプロダクト開発と臨床研究を見て、CFOである夫がファイナンス面を見る、という役割分担をしています。
──メドレーでのオンライン診療に関する知見も、起業やアプリ開発の役に立っているのでは。
そうですね。ある程度の規制動向がわかっているのは強みになると考えていました。一方で、私自身は特定の病気の専門家ではないので、現場と患者さんの課題がわかっている臨床の先生方の協力が必須です。領域を選ぶ際には、その点を重視しました。
また、創業の初期メンバーを集めるにあたり、前職のソフトバンク、前々職のメドレーの方々に声を掛けました。最近は、兼業や副業が認められるようになり、社員としては難しくても、少しでも時間があれば参画していただける環境が整ってきたように思います。現在のチーム構成としては副業で約30名に参画していただいおり、副業のメンバーのほうが多い状況です。
起業前から助成金の活用を検討し、国や自治体の支援事業に積極的に応募
──NEDOの研究開発型スタートアップ支援事業(NEP)への応募は、起業前から検討されていたのでしょうか?
私たちが目指しているのは治療用のアプリの開発ですので、上市まで期間がかかりますし、まとまった資金が必要です。NEDOやAMEDなどの助成金に積極的に応募しないといけないとは起業前から考えていました。
──NEDO以外ではどのような支援を利用されましたか。
厚生労働省が実施しているMEDISOの支援を利用しました。もともと非常勤でサポーターをしていたので、枠組みとして知っていました。スポット利用のほか、MEDISOに付随する調査事業にも応募してご支援いただいています。最近では都道府県や自治体も支援プログラムもたくさんあるので、活用できそうなものを探して、今は山梨県の実証事業に採択いただいています。
──MEDISOのスポット利用について、具体的な支援内容をお聞かせください。
特許の取得についてご相談させてもらっています。アプリの仕様が固まり、特許として守りたい部分が見えてきた段階で相談しました。特許の内容だけでなく、どのように手続きしたらいいのか、といった部分から教えていただけるのはありがたかいですね。
いまのフェーズでは社内に弁理士さんを迎えるわけにいきませんので、自社のリソースで足りない部分はこうした支援を積極的に活用させていただいています。
──そのほか特に役に立った支援、印象に残っている支援はありますか?
初期段階でNEDOに採択いただいたのは大きかったです。スタートアップは社会的な信用が弱いので、公的な研究開発資金を受けていることでアカデミアの先生方と話しやすくなり、採択いただけると、圧倒的にチャンスが広がることを実感しました。多くの方に「NEDOのNEP採択されていますね」と知っていただけますし、メディアにも取り上げてもらい、次につながることがすごく多かったです。大きな支援プログラムに採択されることは、資金面だけでない影響力があると思います。
もうひとつは、東大IPCの1stRoundです。一般的にVCからの資金は資金調達になんらかの条件がつくことがありますが、1stRoundの活動資金は用途の制限がなく、間接経費でも直接経費でも計上できたので使いやすかったですね。
──逆に、支援で使いづらいと感じた点や要望はありますか。
助成金などは公募期間があり、タイミングが合わないと応募できないのが悩ましいですね。資金調達にも期間や条件があり、結果として、一方にしか応募できないこともありますので。期間的な制限なく受け付けているプログラムがあるとありがたいと思います。
──将来的に起業される方へのアドバイスとして、支援をうまく活用するポイントは?
最初のフェーズでは助成金は積極的に応募するのが非常に大事です。NEPの助成金は金額的には小さいので、人手がない中で時間をつかって出すべきかどうかは正直迷いましたが、認知度の向上や社会的な信頼獲得など副次的な効果があり、結果として得られたものは大きかったです。慣れない手続は大変な面もありますが、それ以上のリターンがあると私自身は思っていますので、手間を惜しまずに応募することをおすすめします。
またNEPへの応募は、認定VCに資金調達をお願いできるのでは、という考えもありました。我々の治療用アプリは上市までの期間や治験の費用がかかるので、ディープテック系をカバーしているNEDOの認定VCと非常に相性がよく、たくさんのVCとお話しさせていただいています。
──今後の展開についてお聞かせください。
片頭痛の患者さんは日本だけでなく、全世界にいらっしゃいますので、グローバルの展開も視野に入れています。一方で、認知行動療法としては社会的な状況や文化的な背景が影響すると考えられますので、地域に即した検証が必要です。こうした課題をひとつひとつクリアしながら、海外へのアプローチも挑戦していきたいです。
研究開発型イノベーション創出のケーススタディ
支援プログラムの採択が次につながり、資金面だけでない影響力を実感