事業活動を通じ、世の中の役に立つ新しい価値を生み出し、脱炭素社会の実現と循環型社会の実現を目指す、株式会社リコーの出口 裕一氏(以下、出口)に話を伺った。 出口 裕一氏 業界を襲う未曽有の危機に見出した環境経営の進化という活路 ──御社はオープンイノベーションの実践として、リコー環境事業開発センター(以下、センター)にて「オフィスの空間制御」、「廃プラスチックの循環」、「再生可能エネルギーのデジタルサービス」など、様々なソリューションを開発されておりますが、センターが設立された経緯について具体的に教えてください。 出口:ご存じの通り、リコーの主業はコピー機の事業であり、最大の収益源はユーザーのカウンター料金にありました。しかし、2015年ごろから経営課題として、ペーパーレス化の進展や少子化による人口減少の影響を受けて、コピー機市場が縮小してきました。こうした環境において新たな事業の柱を立てるというのがスタートになりました。 ──事業環境の変化に対して経営課題を強く感じられていたのですね。 出口:新規事業として環境分野に注力した理由として、リコーは他社に先駆けて1976年に環境推進室という組織を作って環境法規制の対応等を行う活動をスタートし、1990年代からは環境経営という考え方を経営の根幹に据えて活動を行うなど、環境保全活動と利益の創出が両立するように熱心に進めていたことが大きなポイントと言えます。また、2015年にはCOP21でのパリ協定、国連サミットでのSDGsが合意されて脱炭素という流れが自治体にとっても企業にとっても待ったなしで対応しなければならない状況になりました。そんな歴史的な転換点において、環境保全を顧客とともに進化させていこう、環境保全によって顧客の利益創出に役立とう、という思いで、環境関連事業を創出する拠点としてセンター開設のスタートとなりました。 ──ISOの環境マネジメントシステムが1996年に発行されたのを考えますと、1976年当時では相当先進的な考え方だったのでしょうね。続いてセンターにおけるオープンイノベーションの意義について教えてください。 出口:リコーはコピー機の分野でプロフェッショナルですが、エネルギー分野や環境ビジネスの創出においては専門性を磨く必要があります。オープンイノベーションを行うことで専門性を外部から取り入れることでプロジェクトの成功確率を上げていくことを目的としてオープンイノベーションに取り組んでいます。また、リコーとのオープンイノベーションは相手先にとってもメリットがあると考えています。大学や研究機関であれば研究テーマの実用化が加速しますし、スタートアップであれば信用力の担保や販売網の活用が可能ですし、自治体であれば民間の知見や技術を活用することができるからです。このように双方にメリットがある中でリコーは必要な技術をもち、何よりも事業化することで世の中の役に立ちたいという強い熱意のある相手を選定して、オープンイノベーションを推進してきました。 リコー流「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」の乗り越え方 ──続いて御社におけるオープンイノベーションの活用による具体的な取組についてお伺いできればと存じます。一般的に新規事業における障壁として「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」と呼ばれる3つの障壁がございますが、御社で障壁を乗り越えるためにポイントとされていることを具体的な事例と合わせて教えてください。 出口:まず、「魔の川」での事例ですが、通常はリサイクルが難しく焼却処分していた廃棄するトナーボトルや現像ユニットなどの廃プラスチックについて、油に戻すケミカルリサイクルができないかという課題がありまして、油化技術に関して高い技術力をもつ大学やスタートアップと組み、パイロットプラントを立てたうえで実用化を図ろうと進めていったプロジェクトがありました。しかし、パートナーは油化技術というピンポイントでは高い技術力をもっていたものの、実用化・量産するための技術課題が発生し、リコーおよびパートナーの力では技術課題をリーズナブルなコストで解決できず、最終的にプロジェクトを撤退することとなりました。この時の経験から、なるべく早い段階で専門家の眼を複眼的に入れることなど、技術的な視点での目利きを徹底することの重要性を学びました。 ──技術シーズの本質を掘り下げて、商品化ができるかどうかを検討する必要があるということですね。 出口:次に、「死の谷」での事例ですが、用水路やビル内の排水管の中にプロペラを入れて発電するマイクロ水力発電というプロジェクトがありました。技術的な課題も解決し、多くの未開拓市場を獲得できると、事業計画を立てて進めていきましたが、いざテストマーケティングを行なってみると、現場一件、一件で仕様変更が発生したり、発電に適切な水量かつ電力の消費エリアが近接しているといった理想的な環境が少なかったりと、市場規模は想定よりも小さく、採算性が見込めないプロジェクトであることがわかり、開発を中断することとなりました。この時の経験から、新規事業のような不確実性の高い取り組みには、初期段階でプロトタイプを作り、テスト販売を行い、不具合対策を検証するというサイクルのスピードを上げて、軌道修正をしながら進めていく必要があると学びました。 ──まさしくリーンスタートアップ的なマネジメントが必要ということですね。 出口:最後に「ダーウィンの海」で現在も奮闘中の事例ですが、2020年10月から発売を開始した照明・空調制御システムである「RICOH Smart MES 照明・空調制御システム」があります。まず、リコーに対してはコピー機の事業に対する印象が強く、こういった商品を展開しているということの認知に非常に時間がかかりました。また、自社の営業マンも専門知識が少ないため、積極的な提案を敬遠したり、システム導入にあたっては現場調査が必要ですが、オフィスに社員がいない土日をご要望されますので、調査できる件数に限りがあったりと、新規事業では常に新しい課題に直面し続けることを理解しました。それでも新規事業を成功に近づけていくためには、ひとつひとつの課題を解決しながら、諦めずに前に進み続けることが重要であると学びました。 新規事業創出のポイントは『親』ではなく、『大家』になること ──多様なプロジェクトへ積極的に取り組まれている御社だからこそ得られた学びであったかと存じます。そんな御社が考える新規事業におけるポイントとは何でしょうか。 出口:新規事業開発を通して私たちが学んだポイントは、KPIに拘りすぎないことと諦めないことです。一方で、諦めないといってもズルズルと続けるのは違いますので、スタートの段階であらかじめ撤退条件やマイルストーンを決めることが重要だと考えています。私たちは投入する開発費用の金額で縛ったり、技術課題をクリアするまでの日数を条件としたりして撤退条件を設定しています。また、その達成状況に関する進捗報告は適度な頻度にとどめて、ある程度自由に任せています。 ──歴史ある企業では管理型組織が多い中、それだけの裁量を与えて新規事業開発が進められるのは御社ならではですね。最後に新規事業の創出に苦戦している企業に対するアドバイスがありましたら教えてください。 出口:やはり、新規事業は既存事業の常識が全く通用しないということを前提に、既存事業のやり方を持ち込まないことが大事だと思っています。そのうえで、会社は新規事業部門に対して、『親』のように何にでも口を出すような関係性ではなく、『大家』のように家賃を払って賃貸契約を守っている限り、口を出さないといった「任せる」「任せてもらう」信頼関係の構築が重要ではないでしょうか。 取材対象プロフィール 株式会社リコー リコー環境事業開発センター事業所長出口 裕一氏 1989年リコー入社。主力事業の企画・販売・事業戦略部門を経て、2011年に複合機の3R戦略の責任者に就任。2014年、休眠状態だった旧御殿場工場を環境関連事業の拠点に再生するプロジェクトを担当。2016年にリコー環境事業開発センターを開所、現職に就任。産・官・学連携で環境関連ビジネスの開発を約10テーマ手掛ける(4つのビジネスを上市)。2020年に御殿場市設立の御殿場SDGsクラブの副会長に就任。2023年にNR-Power Lab株式会社(日本ガイシ株式会社とリコーが共同で設立した、VPPサービスおよび電力デジタルサービスに係る合弁会社)の取締役に就任。 インタビュー実施日:2022年6月9日
事業活動を通じ、世の中の役に立つ新しい価値を生み出し、脱炭素社会の実現と循環型社会の実現を目指す、株式会社リコーの出口 裕一氏(以下、出口)に話を伺った。
出口 裕一氏
業界を襲う未曽有の危機に見出した環境経営の進化という活路
──御社はオープンイノベーションの実践として、リコー環境事業開発センター(以下、センター)にて「オフィスの空間制御」、「廃プラスチックの循環」、「再生可能エネルギーのデジタルサービス」など、様々なソリューションを開発されておりますが、センターが設立された経緯について具体的に教えてください。
出口:ご存じの通り、リコーの主業はコピー機の事業であり、最大の収益源はユーザーのカウンター料金にありました。しかし、2015年ごろから経営課題として、ペーパーレス化の進展や少子化による人口減少の影響を受けて、コピー機市場が縮小してきました。
こうした環境において新たな事業の柱を立てるというのがスタートになりました。
──事業環境の変化に対して経営課題を強く感じられていたのですね。
出口:新規事業として環境分野に注力した理由として、リコーは他社に先駆けて1976年に環境推進室という組織を作って環境法規制の対応等を行う活動をスタートし、1990年代からは環境経営という考え方を経営の根幹に据えて活動を行うなど、環境保全活動と利益の創出が両立するように熱心に進めていたことが大きなポイントと言えます。
また、2015年にはCOP21でのパリ協定、国連サミットでのSDGsが合意されて脱炭素という流れが自治体にとっても企業にとっても待ったなしで対応しなければならない状況になりました。
そんな歴史的な転換点において、環境保全を顧客とともに進化させていこう、環境保全によって顧客の利益創出に役立とう、という思いで、環境関連事業を創出する拠点としてセンター開設のスタートとなりました。
──ISOの環境マネジメントシステムが1996年に発行されたのを考えますと、1976年当時では相当先進的な考え方だったのでしょうね。続いてセンターにおけるオープンイノベーションの意義について教えてください。
出口:リコーはコピー機の分野でプロフェッショナルですが、エネルギー分野や環境ビジネスの創出においては専門性を磨く必要があります。オープンイノベーションを行うことで専門性を外部から取り入れることでプロジェクトの成功確率を上げていくことを目的としてオープンイノベーションに取り組んでいます。
また、リコーとのオープンイノベーションは相手先にとってもメリットがあると考えています。大学や研究機関であれば研究テーマの実用化が加速しますし、スタートアップであれば信用力の担保や販売網の活用が可能ですし、自治体であれば民間の知見や技術を活用することができるからです。
このように双方にメリットがある中でリコーは必要な技術をもち、何よりも事業化することで世の中の役に立ちたいという強い熱意のある相手を選定して、オープンイノベーションを推進してきました。
リコー流「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」の乗り越え方
──続いて御社におけるオープンイノベーションの活用による具体的な取組についてお伺いできればと存じます。一般的に新規事業における障壁として「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」と呼ばれる3つの障壁がございますが、御社で障壁を乗り越えるためにポイントとされていることを具体的な事例と合わせて教えてください。
出口:まず、「魔の川」での事例ですが、通常はリサイクルが難しく焼却処分していた廃棄するトナーボトルや現像ユニットなどの廃プラスチックについて、油に戻すケミカルリサイクルができないかという課題がありまして、油化技術に関して高い技術力をもつ大学やスタートアップと組み、パイロットプラントを立てたうえで実用化を図ろうと進めていったプロジェクトがありました。
しかし、パートナーは油化技術というピンポイントでは高い技術力をもっていたものの、実用化・量産するための技術課題が発生し、リコーおよびパートナーの力では技術課題をリーズナブルなコストで解決できず、最終的にプロジェクトを撤退することとなりました。
この時の経験から、なるべく早い段階で専門家の眼を複眼的に入れることなど、技術的な視点での目利きを徹底することの重要性を学びました。
──技術シーズの本質を掘り下げて、商品化ができるかどうかを検討する必要があるということですね。
出口:次に、「死の谷」での事例ですが、用水路やビル内の排水管の中にプロペラを入れて発電するマイクロ水力発電というプロジェクトがありました。
技術的な課題も解決し、多くの未開拓市場を獲得できると、事業計画を立てて進めていきましたが、いざテストマーケティングを行なってみると、現場一件、一件で仕様変更が発生したり、発電に適切な水量かつ電力の消費エリアが近接しているといった理想的な環境が少なかったりと、市場規模は想定よりも小さく、採算性が見込めないプロジェクトであることがわかり、開発を中断することとなりました。
この時の経験から、新規事業のような不確実性の高い取り組みには、初期段階でプロトタイプを作り、テスト販売を行い、不具合対策を検証するというサイクルのスピードを上げて、軌道修正をしながら進めていく必要があると学びました。
──まさしくリーンスタートアップ的なマネジメントが必要ということですね。
出口:最後に「ダーウィンの海」で現在も奮闘中の事例ですが、2020年10月から発売を開始した照明・空調制御システムである「RICOH Smart MES 照明・空調制御システム」があります。
まず、リコーに対してはコピー機の事業に対する印象が強く、こういった商品を展開しているということの認知に非常に時間がかかりました。また、自社の営業マンも専門知識が少ないため、積極的な提案を敬遠したり、システム導入にあたっては現場調査が必要ですが、オフィスに社員がいない土日をご要望されますので、調査できる件数に限りがあったりと、新規事業では常に新しい課題に直面し続けることを理解しました。
それでも新規事業を成功に近づけていくためには、ひとつひとつの課題を解決しながら、諦めずに前に進み続けることが重要であると学びました。
新規事業創出のポイントは『親』ではなく、『大家』になること
──多様なプロジェクトへ積極的に取り組まれている御社だからこそ得られた学びであったかと存じます。そんな御社が考える新規事業におけるポイントとは何でしょうか。
出口:新規事業開発を通して私たちが学んだポイントは、KPIに拘りすぎないことと諦めないことです。一方で、諦めないといってもズルズルと続けるのは違いますので、スタートの段階であらかじめ撤退条件やマイルストーンを決めることが重要だと考えています。
私たちは投入する開発費用の金額で縛ったり、技術課題をクリアするまでの日数を条件としたりして撤退条件を設定しています。また、その達成状況に関する進捗報告は適度な頻度にとどめて、ある程度自由に任せています。
──歴史ある企業では管理型組織が多い中、それだけの裁量を与えて新規事業開発が進められるのは御社ならではですね。最後に新規事業の創出に苦戦している企業に対するアドバイスがありましたら教えてください。
出口:やはり、新規事業は既存事業の常識が全く通用しないということを前提に、既存事業のやり方を持ち込まないことが大事だと思っています。
そのうえで、会社は新規事業部門に対して、『親』のように何にでも口を出すような関係性ではなく、『大家』のように家賃を払って賃貸契約を守っている限り、口を出さないといった「任せる」「任せてもらう」信頼関係の構築が重要ではないでしょうか。
取材対象プロフィール
株式会社リコー リコー環境事業開発センター事業所長
出口 裕一氏
1989年リコー入社。主力事業の企画・販売・事業戦略部門を経て、2011年に複合機の3R戦略の責任者に就任。2014年、休眠状態だった旧御殿場工場を環境関連事業の拠点に再生するプロジェクトを担当。2016年にリコー環境事業開発センターを開所、現職に就任。産・官・学連携で環境関連ビジネスの開発を約10テーマ手掛ける(4つのビジネスを上市)。2020年に御殿場市設立の御殿場SDGsクラブの副会長に就任。2023年にNR-Power Lab株式会社(日本ガイシ株式会社とリコーが共同で設立した、VPPサービスおよび電力デジタルサービスに係る合弁会社)の取締役に就任。